自然農のバイブルという本。表紙にはこれまた仙人のような佇まいの写真が一緒に。ちょっととっつきにくい表紙ですが自然農の「バイブル」なので目指すなら読んでおかなくてはと思い拝読しました。

読むと第四章はすこし難解でしたが、書いてあることは至極まっとうなことばかり。冒頭から人間は自らを有能だとおもって科学なるものを発展させた。しかし科学者のやっていることといえば一生懸命勉強して目が悪くなってメガネを発明しているようなもの。行き過ぎた拡大や成長は人の幸せを目指すものでは決してない。自然は我々が知り得ない壮大な力をもっているし、人はもっと足るを知り自然と調和すべきである。福岡氏は病に倒れたことをきっかけに、不耕起、無施肥、無農薬で栽培ができうることを実践し証明しています。もちろん福岡氏のやり方で現在の巨大に膨れ上がった世界人口の食料を養えるのか?というと疑問がのこりますが結局のところ成長=善というのが現代人間社会の姿。ほどよいところで生きるのなら、額に汗して自分たちの食料は自分でまかなうというのが、原始的ではあるものの、本来あるべき姿なのではないかと改めて考えさせられました。私自身も長らく広告業界に身をおいていますが「この商品そんなにしてまで売る必要ってある?」という疑問をよく持ちます。収入だ、ステイタスだでマウンティングの取り合いも疲れますし、福岡氏のように仙人のような生活は僕にはとても退屈で耐えられそうにもありませんが、行き過ぎた社会に身をおきつづけるのもどうかなと疑問も持っています。
人にとって幸せに生きるとはどういうことなのか?考えると哲学的にもなりちょっと難しい感じもしますが、普通に体を動かし土に触り作物を育てまともな食事を食べていく。これだけでもかなり体は健康になり、農作業で疲れた体を風呂でいやすときなんか、かなり幸せを感じられたりします。