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大根を抜きながら考える。

私「この大根いくらですかね?」
師匠「150円かな」
私「え!そんなに安く?手塩にかけて育てたんだからせめて300円くらいは貰わないと」
師匠「でも大根でしょ…農家って大根ごときじゃそんなにお金もらうのは悪い気がして生…」
私「じゃ200円にしときますか…」
これは直売の前によくある師匠との会話。土作りして、耕して、種撒いて、ネット張って、2ヶ月たって収穫して、葉っぱをきれいにとって、一本一本袋に入れて200円。(これでも値段的には高い方)種代やガソリン代、梱包材など経費を抜けば粗利は100円切る感じ。(人件費などははいってません)野菜を売って得る農家の収入はこれを何百回何千回と積み上げるだけです。いままでやってきた仕事と比べると労力的には比べ物になりません。高収入を目指すならコモディティ(代用可能)になるな!と言われたりしますが、農業は食べ物を作るエッセンシャルな仕事。かたやCMなんてのは見る人にとっては邪魔な映像だったりもして。労働に対する対価っていったい何なのでしょう?

100円単位の売上をどれだけつめるか?それが農家の儲け。自然のリスクのなかこれだサラリーマン並みの売上をあげるのはなかな至難の業です。

そんな理由で最近は「お金を稼ぐって?」とか「そもそもお金って?」「経済って?」「幸せとは?」などに疑問がわき、お金とか経済の本を頻繁に読んでいます。最近読んだものの内容を簡単に要約すると

  • そもそもお金自体には価値はない。(ただの紙切れ)
  • お金はそれが価値があると全員が信じることではじめて価値がでる。
  • お金が介在することにより経済が回りやすくなり私達の生活が豊かになる。(GDPが増えれば幸せみたいな論理)
  • お金が介在する市場経済のおかげで現在は昔の王様のような生活が民衆レベルまでできるようになって生きている。(クーラー、ウーバー、アマゾンなどなど)
  • 一方技術革新によって労働の絶対量は減ってきている。それゆえ本当は皆であくせく働く必要なくなってきている。
  • しかしお金の分配がうまくいっていない。(世界の裕福層が富の大半を独占している)
  • 働かなくては人は生きていけない。したがって無理矢理にでも仕事をつくりださなくてはならない。不必要な仕事が生まれる。(ブルシット・ジョブ)
  • なかには社会に貢献していない仕事も多数存在。意味のない仕事をやすい賃金で長時間はたらかされる現代。ストレス社会がうまれ、それが少子化や閉塞感の原因となる。(あとは負の連鎖)

私なりにまとめるとこのようなこんな感じです。実際私も長年広告制作してきましたが正直
「この商品必要?」「これ社会にとっては悪?」そんなサービスも多々ありました。、作らなくてもよいCMも経済を回すためだけに何度も作ってきた経験もあります。社会的に意味のない物をさぞも良いものと啓蒙する。積み上がった罪悪感が私を有機農業に駆り立てたといっても過言ではありません。

社会がうまく分配するシステムを構築できれば無駄な労働などする必要もなく、本当は人はもっと余裕ある暮らしができる。それによってストレスが減れば子どもも増えて社会も明るくなるのではないでしょうか。しかし儲けている人はこの社会では強者で、その特権をやすやすとは譲らない。みんながもっと分かち合って無駄な仕事を減らし、余った時間で自分で食べる野菜ぐらい鍬を手に作るような社会になれば最高だなと今日も大根を抜きながら思うのです。