日経新聞に愛すべき不便という記事がありました。
役に立たない。手間がかかる。遠い。遅い。労力を要する。これらを解消するために人は社会を発展させてきたが、日常のなかではそれだけでは説明のつかないことがある。
私が有機農業に惹かれている理由もこの部分なのかなと思っています。化学肥料や農薬をつかわずに鍬を振って栽培するなんてのは道でいえば遠回り、非効率です。しかし面白いもので、そうすることで見えてくる景色があるのです。例えば鍬。先日ビニールトンネルを張るために溝を100mほどせっせと掘っていたところ、雨が上がりの土の重さに驚きました。これだけ土が水を蓄えられるのだから一ヶ月やそこら雨が降らなくても作物は育っていけるんです。また人が軽く歩いただけで土は固く重くなっていて、鍬を入れるのにも一苦労。人がこれだけの違いを感じるのなら植物にしたらだいぶ違うのだろうなと発見もありました。機械を使ってはなかなか得られない情報です。

うまく発芽できれば5月くらいには収穫できそうです。この時期は寒いのですべて写真のようなビニールトンネルをかけて保温栽培します。
昔お伊勢参りする時などは江戸から東海道を人は歩いて伊勢神宮を目指したそうです。いまなら新幹線であっという間です。ただおそらく古人は歩いている道中、いろいろな発見があったり、出会いがあったりしたことでしょう。そうしてたどり着いた伊勢神宮は天にも登るような景色だったに違いありません。そう考えると、便利になったと喜ぶ裏側にはいつも大切なものを失っている可能性もあるんだなと思ったりします。便利な現代社会のテクノロジーを否定するつもりは全くありませんが、ここは技術に甘える、ここはあえて不便でやってみる、自分にあった便利さと不便利さをうまくカスタマイズできる社会が到来していると考えると現代社会がより面白い時代と思えるのかもしれません。